大阪地方裁判所 平成8年(ワ)11162号 判決 1997年12月18日
甲事件原告
株式会社トヨタレンタリース新大阪
被告
白銀工業株式会社
乙事件反訴原告
白銀工業株式会社
被告
金義浩
主文
一 甲事件被告は、甲事件原告に対し、四四万六一九六円及びこれに対する平成八年一一月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 乙事件反訴被告は、乙事件反訴原告に対し、四五万円を支払え。
三 乙事件反訴原告のその余の請求及び甲事件原告のその余の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は甲事件・乙事件を通じて、甲事件被告・乙事件反訴原告の負担とする。
五 この判決の第一、第二項は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
(甲事件)
被告は、原告に対し、四四万六一九六円及びこれに対する平成八年一一月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(乙事件)
反訴被告は、反訴原告に対し、一一二万三三〇〇円を支払え。
第二事案の概要
本件は、乙事件反訴被告(以下「乙事件被告」という。)が自動車を運転中に甲事件被告・乙事件反訴原告(以下「乙事件原告」という。)の所有する自動車に自車を衝突させる事故を起こした事故に関し、(一)乙事件原告が、乙事件被告に対し、右事故によって損害を受けたとして、不法行為に基づいて損害の賠償を求めた事案(乙事件は乙事件被告の乙事件原告に対する当庁平成八年(ワ)第一一一六一号債務不存在確認請求事件に対する反訴として提起されたものであるが、同事件は乙事件被告の訴えの取下げにより終了した。)、及び、(二)乙事件被告との間で自動車保険契約を締結している同和火災海上保険株式会社(以下「同和火災」という。)が、甲事件原告からその所有車両を借り受け、甲事件原告の了解を得てこれを被害車両の代車として乙事件原告に使用させていたところ、乙事件原告の使用に必要な期間は経過したものとして甲事件原告との間で右契約を解除した後も、乙事件原告はなお右車両の使用を続けたとして、甲事件原告が、乙事件原告に対し、所有権に基づき、右契約解除後の賃料相当損害金の支払を求めた事案である(なお、以下の年月日はすべて平成八年のものであるから、単に月日のみで記載することとする。)。
一 争いのない事実
1 乙事件被告は、七月三〇日午後一時五分ころ、普通貨物自動車(神戸八八せ九一〇一、以下「被告車両」という。)を運転して大阪市淀川区十三元今里三丁目一番先路上を進行中、過失により自車を乙事件原告所有の普通貨物自動車(山口四五せ八八一〇、以下「被害車両」という。)に衝突させた(以下「本件事故」という。)。
2 乙事件原告は、本件事故当時被害車両を所有していたが、被害車両は本件事故により全損となった。
3 甲事件原告は、乙事件被告が被告車両について自動車保険契約を締結していた同和火災に対し、七月三一日、甲事件原告所有の普通貨物自動車(トヨエース二トン、なにわ四四わ四四四一、以下「A代車」という。)を乙事件原告が被害車両の代車として使用することを了解して同和火災に貸し渡し(以下「本件賃貸借契約」という。)、同日、乙事件原告はA代車の引渡しを受けた。その後、A代車の車検切れの時期が迫ったため、乙事件原告はこれを甲事件原告に返還し、代わりに甲事件原告から甲事件原告所有の普通貨物自動車(トヨエース二トン、なにわ四四わ五九五八、以下「B代車」という。なお、A代車及びB代車を併せて、以下「本件代車」という。)の引渡しを受けた。
4 乙事件被告と乙事件原告との間で、平成八年九月六日、乙事件被告は、乙事件原告に対し、本件事故によって乙事件原告の被った物件損害に対する一切の賠償金として四五万円を支払う旨の示談契約が成立した(以下「本件示談契約」という。)。
5 同和火災は、九月一三日到達の書面をもって、乙事件原告に対し、被害車両の代替車両を取得するのに必要な期間が既に経過したことを理由にB代車を至急返還するよう催告するとともに、八月三〇日以降の代車費用は同和火災において支払わない旨通知した。
6 乙事件原告は、一〇月二一日、甲事件原告にB代車を返還した。
二 争点
1 甲事件原告の賃料相当損害金の請求の可否
(甲事件原告の主張)
被害車両は、事故後遅くとも八月当初の段階で全損であることが明らかになっていたところ、乙事件原告がこれに代わる車両を取得するのに必要な期間は一か月を超えることはないと考えられるので、同和火災は、同月二九日乙事件原告に対し、本件代車を返還するよう通知するとともに、同月三〇日甲事件原告と本件賃貸借を合意解約したから、乙事件原告は同日以降本件代車を使用する権限はなかったのに、同年一〇月二一日まで本件代車を使用した。したがって、甲事件原告は、乙事件原告に対し、八月三〇日から一〇月二一日までの本件代車の賃料相当損害金として二か月分の四四万六一九六円の支払を求めることができる。
(乙事件原告の主張)
本件賃貸借契約は、新車購入のため相当な期間乙事件原告に対し代車として使用させることを目的とした、第三者である乙事件原告のためにする契約である。乙事件原告は、右契約に基づき、A代車の引渡しを受け、もって受益の意思表示をしたから、これにより、乙事件原告は、以後新車購入のため相当な期間本件代車を使用できる権利を得た。仮に、甲事件原告と同和火災とが本件賃貸借契約の合意解約をしたとしても、乙事件原告は本件代車を新車購入に相当な期間必要としたにすぎないから、右合意解約の効力を乙事件原告に対抗することはできない。
2 乙事件原告の損害の発生及び額
(乙事件原告の主張)
乙事件原告は、本件事故により被害車両が全損となったため時価額相当四五万円の損害を受けたほか、大阪トヨペット株式会社よりトヨタエースカーゴ一台を購入することを余儀なくされ、右購入に必要な諸費用として(一)自動車取得税一〇万八二〇〇円、(二)自動車税四万六〇〇〇円、(三)重量税一二万六〇〇〇円、(四)自賠責保険料一九万三一〇〇円、(五)登録費用五万円、(六)弁護士費用一五万円の損害を受けた。
(乙事件被告の主張)
被害車両の本件事故当時の時価額は四〇万円である。自動車取得税及び登録諸費用は自動車を買い換える際には必ず支出を要するものであるし、自賠責保険料は代替車両を再調達するために新たに必要となる費用ではなく、自動車を所有することに関して必要となるものであり、また、自動車税は廃車された自動車については還付請求ができるものであり、更に、重量税は車検証交付の際に必要となる税金で中古車の市場価格の中で評価されているものであるから、乙事件原告がこれらの費用を支出してもいずれも本件事故と相当因果関係のある損害とは認められない。
3 示談契約の効力
(乙事件被告の主張)
本件示談契約が成立した以上、乙事件原告は、乙事件被告に対し、本件示談金額において定められた四五万円を超える額の損害の賠償を求めることはできない。
(乙事件原告の主張)
乙事件原告は、被害車両の全損時価額四五万円、新車納入までの代車費用が乙事件被告負担という条件であれば示談してもよいと考え本件示談契約に応じたもので、その後、甲事件原告から二か月分のレンタカー代相当額の返還請求がされ、乙事件被告が新車納入時までの代車費用を負担する意思のないことが明らかとなったので、乙事件原告は、右示談契約の申込みを撤回する。
第三当裁判所の判断
一 争点1について
1 本件事故によって被害車両は全損となったものであるところ、乙事件原告代表者尋問の結果によれば、本件事故当時、乙事件原告にはトラックが被害車両一台しかなく日常の業務に不可欠であったことが認められるから、乙事件原告が被害車両に代えて代車を使用した場合には、乙事件原告が被害車両と同程度のこれに代わる車両を取得するために必要かつ相当な期間内に代車を使用することによって生じた費用については、本来、乙事件原告は、加害者である乙事件被告に対し、本件事故に基づく損害としてその賠償を求めることができるというべきである。ところで、前記第二の一3によれば、乙事件被告との間で自動車保険契約を締結していた同和火災は、甲事件原告との間で、乙事件原告が被害車両の代車として使用することの了解を得て本件代車を借り受け、これを乙事件原告に使用させたものと認められるが、右は、同和火災が、乙事件被告との自動車保険契約に基づき、本件事故に関し乙事件被告が乙事件原告に対して負うべき前記代車費用相当の損害を金銭によって賠償するのに代えて乙事件原告に対し本件代車を提供することとし、乙事件原告がこれに合意したものと認めるのが相当である。そして、右のような事情に照らせば、乙事件原告は、甲事件原告との間では同和火災の履行補助者であるにすぎないとみるのが相当であり、甲事件原告との間で独立した占有権限を主張しうる立場にはないものと解され、乙事件原告が、同和火災に対して本件代車の使用を請求できるのは、乙事件原告が被害車両に代わる車両を取得するために必要かつ相当な期間内に限られ、それ以降は同和火災に対して本件代車を使用する権限を有することはなく、まして、甲事件原告との関係ではなんらの占有権限も有しないこととなるものというべきである。
なお、乙事件原告は、新車の納車まで代車費用は乙事件被告が負担するという条件で本件示談契約を締結したと主張するが、乙事件原告代表者尋問の結果によれば、乙事件原告が被害車両の時価額を四五万円とすることについて同和火災と合意した際、代車の使用期間をいつまでとするかについての具体的な合意はされておらず、乙事件原告では、新車購入までの間の代車費用は乙事件被告側で負担するものと考えていたものの、そのことを明言したことはなく、かえって、同和火災の担当者に「代車をよろしく」と言ったところ、同担当者は「わかっています」と答えたというにすぎないことが認められ、他に右のような条件のもとに本件示談契約が締結されたことを認めるに足りる証拠もないから、乙事件原告の右主張は採用できない。
2 そこで、右の必要かつ相当な期間について検討するに、乙第二号証、第四号証、第六号証及び乙事件原告代表者尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。
(一) 乙事件原告は、本件事故当日の七月三〇日に大阪トヨペット株式会社今里支店に被害車両を搬入したところ修理は無理であると告げられ、三一日に乙事件被告とともに謝罪に訪れた同和火災の担当者に右の点を伝えた。このとき、同和火災の担当者は修理が可能かどうか確認する必要がある旨述べ、その後、同和火災から、被害車両を全損扱いとし本件事故当時の時価額を三〇万円とするとの連絡があり、乙事件原告と同和火災との協議のうえ、被害車両の本件事故当時の時価額を四五万円とする合意がされた。
(二) 乙事件原告では、八月一〇日から同月一八日までが夏期休暇であったため、同月二〇日から同月二一日にかけて購入する車種の選定を行うとともに、リースによって右車両を取得することを決定し、同月二三日には被害車両に代わる車両を発注した。ところが、購入先の大阪トヨペット株式会社には、乙事件原告が発注したトヨエースの二トン車はあまり注文のある車種ではなかったため在庫がなく取り寄せることとなり、そのため納車まで通常の場合より時間がかかり、また、被害車両は一トン車であり右車両が被害車両よりも大きかったため車庫証明の取得の点でも予定外の時間を要し、結局、一〇月一八日になって乙事件原告に右車両が納車された。
3 一般に、事故によって全損となった車両と同程度の車両を取得するのに必要な期間は、車種等により差異は認められるものの、特段の事情のない限り三〇日を超えることはないと解されるところ、乙事件原告がB代車を甲事件原告に返還したのは本件事故から八四日目の一〇月二一日であるから、右期間をかなり超過するものであることは明らかである。しかも、乙事件原告が被害車両に代わる車両を取得するのに右のように長期間を要したのは、乙事件原告が発注した車両はあまり注文のある車種ではなかったため在庫がなく取り寄せることとなり、また、被害車両は一トン車であり右車両が被害車両よりも大きかったため車庫証明の取得の点でも予定外の時間を要したという点に大きな原因があるうえ、乙事件原告が被害車両に代えて新たに取得した車両は二トン車であり、一トン車である被害車両と必ずしも同程度の車両であるとはいえないことに照らすと、これらによる遅延から生じる損害を乙事件被告に負わせるのは相当でないというべきである。そして、乙事件原告は、本件事故当日には株式会社大阪トヨペット今里支店において被害車両の修理は無理であると告げられていることからすれば、乙事件原告の本件代車の使用と本件事故との間に相当因果関係を認めうるのは、本件事故から三〇日目の八月二九日までに限られるというべきである。
そうすると、乙事件原告が八月三〇日から一〇月二一日までの間に本件代車を使用したとしても、その費用を乙事件被告または同和火災が負担すべきものではないから、右によって生じた損害について、乙事件原告は本件代車の所有者である甲事件原告に賠償すべき責任を負うものというべきである。
そして、甲第四、第五号証及び弁論の全趣旨によれば、右損害は四四万六一九六円を下らないものと認められる。
二 争点2、3について
乙事件原告と乙事件被告との間に本件示談契約が締結されたことは当事者間に争いがないから、乙事件原告は、乙事件に対し、四五万円を超えては本件事故による損害の賠償を求めることはできない。
この点、乙事件原告は、被害車両の全損時価額四五万円、新車納入までの代車費用が乙事件被告負担という条件であれば示談してもよいと考え本件示談契約に応じたもので、乙事件被告が新車納入時までの代車費用を負担する意思のないことが明らかとなったから、右示談契約の申込みを撤回すると主張するが、既に成立している示談契約を一方的に撤回することは認められないから、右は主張自体失当である。また、仮に、右主張が錯誤による無効をいう趣旨であるとしても、本件示談契約締結の際に乙事件原告の新車納入までの代車費用を乙事件被告の負担とするという条件が付されたことを認めるに足りる証拠はなく、更に、仮に乙事件原告において右を条件に本件示談契約を締結する意図であったとしても、右は動機の錯誤にすぎず、法律行為の要素とされていないこととなるから、結局、本件示談契約の効力を左右するものとはなりえないものというべきである。
三 結論
したがって、甲事件原告は、乙事件原告に対し、本件代車の使用による賃料相当損害金として、四四万六一九六円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成八年一一月九日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができ、また、乙事件原告は、乙事件被告に対し、本件事故による被害車両の損害金として四五万円の支払を求めることができる。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 濱口浩)